TLC / ティー・エル・シー

TLC  / ティー・エル・シー
Biography

TLCとは、アメリカ合衆国の女性R&Bグループ。
オリジナルメンバーはT-ボズ、レフト・アイ、チリの三名で構成されていたが、2002年のレフト・アイの死により現在は二人組。

イン・ボーカルはアイオワ州出身のT-ボズ(T-Boz, 本名:Tionne Watkins, 1970年4月26日 – )、ラップと作詞担当はレフト・アイ(Left Eye, 本名:Lisa Nicole Lopes, 1971年5月27日 – 2002年4月25日)、コーラスをチリ(Chilli, 本名:Rozonda Thomas, 1971年2月27日 – )が担当。グループの名前は「Tender Loving Care」からと、三人のニックネームの頭文字から。

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TLCの経歴と活躍

LA&ベイビーフェイスが設立したレーベルLAFACEから1992年、シングル「エイント・2・プラウド・2・ベッグ(Ain’t 2 Proud 2 Beg)」でデビュー。2ndシングル「ベイビー・ベイビー・ベイビー(Baby Baby Baby)」は全米チャート2位、R&Bチャート1位となる。1stアルバム『エイント・2・プラウド・2・ベッグ(Oooooohhh…On The TLC Tip)』は全米で500万枚以上のセールスを記録、日本では20万枚のセールスを記録する。

2ndアルバム『クレイジーセクシークール(CrazySexyCool)』では1stシングル「クリープ(Creep)」、2ndシングル「レッド・ライト・スペシャル(Red Light Special)」とヒットが続く。3rdシングルの「ウォーターフォールズ(Waterfalls)」では歌詞の内容と、当時最先端のSFXを使用したミュージック・ビデオでも大きな話題を呼び、全米チャート7週連続1位という大ヒットを記録。アルバムは全米で1,000万枚以上のセールスをあげ、見事グラミー賞を獲得する。

「それまでないがしろにしていた、ファンへのお詫び」という意味を込めてタイトルを付けた3rdアルバム『ファンメール(FanMail)』を1999年リリース。1stシングル「ノー・スクラブズ(No Scrubs)」、2ndシングル「アンプリティ(Unpretty)」も全米一位となる。『ファンメール』は全世界で1,000万枚以上のセールスとなり、日本でも100万枚というセールスを記録、再びグラミー賞を獲得する。同年夏には「爽健美茶ナチュラル・ブリーズ・コンサート」でモニカとともに来日、宇多田ヒカルも含めた三アーティストの合同ライブを、また全米をまわるファンメール・ツアーも実施した。

4枚目のグループ・アルバムのレコーディング中、また自身の2ndソロ・アルバム制作中の2002年4月25日夜、レフト・アイが中米ホンジュラスフティアパ近くのハイウェイでSUV車を運転中、木に衝突。シートベルトをしていなかったレフト・アイは頭部の怪我により30歳の若さで他界した。この事故の瞬間はドキュメンタリー「ラスト・デイズ・オブ・レフト・アイ」に収録されている。レフト・アイの死後、T-ボズとチリはレコーディングを続行、レフト・アイがすでに録音していた音源も使い、4thアルバム『3D』を2002年に完成させた。